オンラインカジノの歴史・日本に普及するまで

オンラインカジノ

現在ユーザー数が増加しているオンラインカジノですが、その歴史について知らない方も多いのではないでしょうか。

古い歴史を持つカジノと異なり、オンラインカジノはインターネットが普及した後に広まったギャンブルです。

世界初のオンラインカジノが誕生してから、現在は約25年を迎えようとしています。

そこで今回は「オンラインカジノ誕生の経緯」や「日本に普及されるまでの道程」についてご紹介していきます。

オンラインカジノの歴史を知ることで、よりオンラインカジノへの理解が深まるのではないでしょうか。

 

◆オンラインカジノが誕生するまで

オンラインカジノが誕生したのは、世界でインターネットが普及されてから約30年後のことです。
オンラインカジノサイトが誕生するまでには、運営ライセンスの発行やオンラインゲーミング社の設立など、様々な取り組みが行われてきました。
まずはソフトウェアの開発や、オンラインカジノ誕生までの取り組みについてご紹介します。

▼運営ライセンスの発行
世界で初めてオンラインカジノにおける運営ライセンスが発行されたのは、今から約27年前の1994年のことです。
アンティグア・パーブーダと呼ばれるカリブ海東部に位置する国で、運営ライセンスが承認されました。
このライセンスは現在も利用されており、マルタ共和国やジブラルタルと並び、信頼度の高いライセンスとして評価を得ています。

ちなみに1990年代のアンティグア・パーブーダは、ハリケーンなどの災害により経済が低迷。
しかしオンラインカジノ事業への介入により、経済の向上へ繋がったと言われています。

また1994年にアンティグア・パーブーダによるオンラインカジノライセンスが発行されて以来、他の国も次々とライセンスを発行しています。
その後発行された有名なライセンスがこちらです。

・1998年 ジブラルタル
・1999年 キュラソー・カナワケ
・2000年 マルタ共和国
・2006年 UK(イギリス)

▼オンラインゲーミング社の設立
オンラインカジノの運営において必要となるのが、ソフトウェア会社の存在ではないでしょうか。
現在のオンラインカジノでは、ソフトウェア会社の制作したゲームを運営会社が購入し、ユーザーに提供している場合がほとんどです。
オンラインカジノにおいて重要な存在となるソフトウェアを初めて開発したのが、マイクロゲーミング社になります。

マイクロゲーミング社はマン島に拠点を置く企業で、主にオンラインギャンブルのゲーミングソフトウェア開発を行っています。
現在までに約1,200種類の開発ゲーム数を誇り、今も多くのオンラインカジノで楽しまれています。

▼オンラインセキュリティソフトの開発
マイクロゲーミング社によりソフトウェア開発が行われた後、約2年後の1996年に「オンラインセキュリティソフト」の開発が行われました。
オンラインセキュリティソフトとは、インターネット上での金銭の取引を安全に行うためのソフトウェアです。

開発を行ったのは1995年に創業されたクリプトロジック社で、現在も多くのゲームを手掛ける老舗のソフトウェア企業となっています。
このオンラインセキュリティソフトの開発により、オンラインカジノの始動が本格化されていきました。

▼オンラインカジノサイトの誕生
ライセンスの発行やソフトウェアの開発を経て、1996年に遂に世界初のオンラインカジノが誕生します。
世界で初めて立ち上げられたのが、「インターンカジノ」と呼ばれるオンラインカジノです。
インターンカジノを立ち上げたのは、1995年創業のウェイジャー・ロジック社。
オンラインセキュリティソフトの開発を手掛けたクリプトロジック社の子会社にあたります。

インターンカジノは1996年にサービスが開始された後、2007年にはマルタ共和国のライセンスを取得しています。
2012年頃にはクリプトロジック社とウェイジャーロジック社が「アマヤ・ゲーミング・グループ」と合併。
2014年にはアマヤ・ゲーミング・グループを買収し、業界での地位を確立しています。

インターンカジノの設立後には、現在も人気のオンラインカジノが次々と誕生しました。
・1998年 ジャックポットシティ
・2000年 ロイヤルベガスカジノ
・2001年 ネットベットカジノ・スピンパレスカジノ・ベラジョン・ビットスターズ・ロイヤルパンダなど

 

◆オンラインカジノが日本に普及されるまで
海外でオンラインカジノの利用者が増えてからも、日本国内においてはあまり普及が進んでいませんでした。
その理由として、当時はインターネット回線の状況が良くなかったことや、パソコンが高額であったことが考えられています。
また当初のオンラインカジノには日本語サポートがなく、基本的には海外のみでのサービスであったことも挙げられます。

オンラインカジノが日本に普及するようになったのが、2000年の前半です。
2000年には徐々に日本語対応を行うオンラインカジノが増え、それに伴い日本人のオンラインカジノへの注目も高まったとされています。
しかし当時の翻訳は大変分かりにくいもので、理解に苦しむ翻訳を行うオンラインカジノも多く存在しました。

2000年後半になると正確な日本語翻訳を行うオンラインカジノが増えていき、日本においてオンラインカジノが急速に広まっていきます。
日本では「インペリアルカジノ」がオンラインカジノの発端と言われています。
インペリアルカジノは日本語サポートを1番先に行ったオンラインカジノであり、現在も安全性の高いカジノとして親しまれています。

 

◆オンラインカジノの安全性が確立されるまで
現在はライセンスの取得や第三者機関による監視が行われ、オンラインカジノの安全性が確立されつつあります。
しかし誕生当初は安全性に不安が残るオンラインカジノも多く、様々な問題が取り上げられていました。
賞金の未払いや不正操作、不正なアカウント凍結が行われたケースもあります。

当初は公式ライセンスを持たないオンラインカジノも多く、不正の取り締まりが甘い現状がありました。
しかし現在は、ライセンスの発行基準の引き上げや不正の取り締まりが強化され、悪徳オンラインカジノはほとんど存在しなくなったと言われています。

オンラインカジノが誕生するまでには、企業の設立やソフトウェアの開発など、様々な取り組みが行われてきた背景があります。
こうしたオンラインカジノの歴史を知ることで、オンラインカジノを違う視点から楽しめるのではないでしょうか。
現在ユーザー数が増え続けていることを踏まえると、今後さらなる発展が予想されるでしょう。

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